あなたに捧げる不機嫌な口付け
仕方がないので、殊更明るい声音で方向修正をする。


「ひどいな。私だって趣味くらいあるし、誰かのファンになったりするよ、普通に」

「……いや、そっちの意味じゃなくて」

「――恭介さん」


方向修正をしたのに粘る恭介さんを、強く遮った。


好きな人って言葉選びに、自分のことじゃないと思ったから青白い顔をしたくせに。

自分が好かれている自信があるなら、……彼女だと本当に思っているなら、恭介さんはきっと照れるはず。

「え」って完全に素の口調で驚かれると、ああほら、やっぱりこの人は私のことを好きじゃないんだって思い知らされる。


……面倒臭い。


溜め息を注意深く押し殺す。


わざとだよ。意図的にずらしたんだよ。


私が茶化して流そうとしてるのくらい、恭介さんだって分かってるでしょう?


「それ以上言わないで。それ以上言ったら、」

「怒る?」

「……怒らないよ。ただ、線引きはしなくちゃいけなくなるかな」


怒ってどうするの。


恭介さんに一番効くのは、怒ることでも泣き落としすることでもない。


きちんと距離を取り直して関係を清算することだ。


当然の態度で首を振ると、恭介さんはくしゃりと髪を乱して俯いた。


「……手厳しいね、祐里恵は」

「そう?」


自分としては、度重なる予防線の貼り直しに、子どもっぽいなあ私、と反省しているのだけど。
< 173 / 276 >

この作品をシェア

pagetop