あなたに捧げる不機嫌な口付け
沈黙が落ちる。


恭介さんは俯いたまま静かで、しばらく様子を伺っても変化がない。


よし、これで大丈夫かな。


妙な話は完全に流れただろうと、そう、安堵する私を余所に。


「ねえ、祐里恵?」


恭介さんが不穏な呼びかけをした。


「……何」


慎重に返事をする。


恭介さんは大事な話の前に必ず名前を呼ぶくせがあった。


加えてこの怪しい雰囲気だから、当然警戒する。


一度目蓋を伏せて、仕切り直してから上げた瞳に、密かに息を飲んだ。


「……線引きはしないで欲しいけど」


こちらを見つめる鳶色は、力強くて。


「でも、これだけは言わせて欲しいかな」

「っ」


待って。


待って。

まって、何を言おうとしてる。


何か悪い予感がする。


構えるのはもう遅いけど、待って。やめて。言わないで。


「恭、介さん」

「ねえ、祐里恵」


強張る私に、恭介さんは静かな瞳を寄越した。


「俺で、いいじゃんか」
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