あなたに捧げる不機嫌な口付け
低くて掠れた、ドスのきいた声に怯んだ自分を奮い立たせる。


落ち着け。落ち着け。ちゃんと考えろ。


……ああもう、馬鹿だな、私。


自嘲を苦くすり潰す。


自分の気持ちを押さえて見ないふりをするのに精一杯で、恭介さんがほんの少し変わっただけであの居心地がいい部屋に行けなくなるなんて、今まで考えてこなかったことに、突然気づかされた。


当然のように信じていた私が考えなしだったのだ。

無意識に磐石だと思っていた私が子どもだったのだ。


……大丈夫だって、そう思ってたよ。でも。


スマホを耳から少し離して唇を結ぶ。


ぐっと強く噛んだ奥歯が軋んで嫌な音を立てた。


踏み出した足に力が入らない。


だけど、そう簡単に諦めるなんて、プライドが許さない。


私は私に誇りを持っている。

私は私以外の声には従わない。


一貫すると決めたずっと前から、このスタンスでやって来たのだ。


恭介さんがちょっと無表情になったくらいで、今まで浪費してきた時間と築いてきた居場所を手放してやるものか。


こんな、こんな迷子の子どもみたいに泣きそうな大人になんて、絶対に怯えてやるものか。


真っ直ぐ前を見据えた。


きっと向こうで、恭介さんもそうしていると思った。
< 189 / 276 >

この作品をシェア

pagetop