あなたに捧げる不機嫌な口付け
部屋に来ないか、なんて、答えは決まっている。


私は私を安売りしない。恭介さんに同情もしない。


「嫌」


きっぱり言い切ると、緩い吐息が小さく聞こえた。


それは口角を上げたような優しさが含まれた吐息で、恭介さんはなぜか、ほんの少し笑ったようだった。


どうして笑うの。


……やっぱり、相変わらず恭介さんはよく分からない。


いつまでも掴みどころのない、煙草のような男。


「恭介さん」

「…………」


呼びかけに言葉は返って来なかった。


「恭介さん」


もう一度呼ぶ。やっぱり返事は返って来ない。


恭介さんの物問いたげな沈黙が空気を重くした。


努めて明るい声を出す。


明るくて何も考えていなそうで、ふわりと足早に消える軽い音。

きっと、そのくらいがちょうどいいから。


「やっぱり、コーヒーを飲みに行くよ。そうしたら帰るね」

「…………」


またも無言で、しばらく重苦しい沈黙があった後、電話が切られた。


本当にどうしたんだろうか。


……大丈夫だろうか。何か、あったのか。


どれだけ考えても堂々巡りだったから、恭介さんの部屋に急いだ。
< 190 / 276 >

この作品をシェア

pagetop