あなたに捧げる不機嫌な口付け
後ろ手に扉を閉めて鍵をかけ、靴を揃えて玄関に上がってから。


「恭介さん、入るよ」


最早返事がないのなんて気にしないことにして、勝手知ったる薄暗さの中を奥に進む。


カーテンからもれ出ていた光はリビングのもので、他のところは真っ暗だった。


恭介さんはリビングのソファーに足を組んで座っている。


「ごめんね。来ちゃった」


ごめんね、恭介さん。

慰めてあげられないけど、来ちゃった。


似合わない台詞を投げた私に、頬杖をついていた恭介さんは少しだけ視線を寄越した。


むつりと結ばれた唇は全然動かなくて、ひたすらに黙り込むつもりらしい。


無表情のくせに、その鳶色の瞳だけ何だか揺れている。


何があったのかは聞かない。どうして欲しいかも聞かない。


だけどどうか、ここに来た意味を考えて。


きっとあなたは慰めなんていらないでしょう?


慰められたら傷つくのでしょう?


大事な人の矜持を踏みにじったりしない。


だから私はここに来たんだよ。


慰めるためじゃなくて、そばにいるために来たんだよ。
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