あなたに捧げる不機嫌な口付け
恭介さんが私を起こして、コーヒーもう一杯どうぞ、と引き止めた。


ありがたく飲むことにする。


……馬鹿だな、私。


やっぱり駄目だ。どうやら本当に、このままじゃ駄目らしい。


もう誤魔化していられなかった。


もう迂遠でいられなかった。


あなたが取り決めの遵守を主張するなら、このままではいられない。


恭介さんを好きな私を、私は全部好きでいたいのだ。


「…………」


溜め息を押し殺す。


恭介さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、そうっと部屋を一周見回してみる。


そこかしこに私の痕跡があった。


そこかしこから他の「彼女」の痕跡が消えた。

何もなかった。

今すぐに呼び出せる他の相手なんて、きっともう、いないのだ。


電話がかかってくる回数が増えた。


辺りに散りばめられていたはずの、他の女の人たちのものが来る度になくなった。


ビニール傘が傘立てから減った。

洗面台に置かれた化粧品やシュシュがなくなった。

甘いハーブティーの茶葉がいつの間にかなくなった。

よくつけていた腕時計をつけなくなった。

お菓子が完全に私の好みに合わせたものになって、全てのお菓子が二つずつ買われるようになった。


服も、家具も、いろいろが減って。

お菓子と消臭剤ばかりが増えて。


何も言わないくせに。


何も言わないのに。


何も言わないまま。


……ここを出よう、と決めた。
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