あなたに捧げる不機嫌な口付け
『……子どもは嫌いなんだけど』


大人でいたかった。

大人になりたかった。


あの日、初めて出会った日にそう言われてからずっと、恭介さんの隣にいるなら大人にならないといけないと思っていた。


大人に。

私は子どもだから、考えて、精一杯頭を使って、せめて、ちゃんと対等になりたかった。


『ありがたくいただくけど、諏訪さんあれだね。キャラメル色の髪の毛してるくせしてキャラメルに失礼だね』

『理不尽だ』


馬鹿なかけ合い。



『弱ってる祐里恵って貴重じゃん』

『弱ってたって私は諏訪さんに落ちないよ』

『えー』


じゃれつくようなやり取り。



『私、恭介さんの手が好き』

『恭介さんとする掛け合いが好き』

『私ね。恭介さんが、好きだよ』


手の温もり。

よく似合う髪の色。


『祐里恵』


私を呼ぶ低い声。


綺麗な人。

好きな人。


「恭介さん」


遠くで返事をする恭介さんを見ないようにする。


——さようなら、美しいひと。


「ごめん、そろそろ帰るね」


——さようなら、私の初恋。




「祐里恵、また今度な」

「……暇が、あればね」


じゃあ明日な、とまるで決定事項のように諏訪さんは言って、笑った。
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