あなたに捧げる不機嫌な口付け
正確には、番号を見る度に、馬鹿な選択をしたと思いたくなかったから。


認めたくなかったから。


だから、諏訪さんにまつわる何もかもを消した。


写真も、連絡先も、諏訪さんの家周辺には近づかないようにして、あの美味しい洋菓子店にも行かなかった。


見ないふりをした。


通学路は一層急いで歩いた。


思い出を忘れたくて、いろいろなものを詰め込んで上書きしようとした。


……上手く、行ってたのに。

後少しで本当に懐かしい思い出にできそうだったのに。


また鮮やかに蘇って、私の胸を刺す。

苦しめる。

寂しくなる。

……夢を、見たくなる。


苦しさに私までつられて崩れてしまいそうで、意識してわざと無表情を取り繕って淡々と言うと、諏訪さんは泣きそうな顔をした。


ああ、そうだ。


ふと思い出す。


諏訪さんは理由があれば結構諦めがつく人だった。


「じゃあね。ごめん諏訪さん、好きな人がいるの」


今さらそんなことを言ってみた。


……本当は。好きな人なら、今、目の前に揺れる瞳で立っている。
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