あなたに捧げる不機嫌な口付け
「戻ってきてよ、祐里恵」

「…………」

「頼むよ」


ぽつりと静かに呟きが落ちる。


「お願いだから、戻ってきて。利益なんて示せないけど、コーヒーもお菓子もあるよ。そばにいてよ……」


声が引きつれている。


途切れ途切れな掠れた説得は、だんだん小さくなって尻切れた。


祐里恵、と薄い唇が動く。


まごついて結局言葉を失ったままきつく噛み締めた諏訪さんは、ひどく弱々しい。


ええと。ええと、ちょっと待って。


こんな諏訪さんは初めてで、一瞬、頭が混乱する。


ゆっくり深呼吸をすると、少し落ち着いて。

こちらを静かに見つめる諏訪さんの、伺うような控えめな眼差しに、ああ、と思った。


「…………」


そうか。


……そうなんだ。


この人は。

私の説得の、上手いやり方が分からないのだ。


間違っているのを知りながら関係をなし崩しにしようとして、私が嫌がって離れて、そうして説得に来た。


でも、言葉を尽くしてもいいのかも、どんな条件を提示したら考え直すかも、口調も敬語にするかも、何もかもが手探りで。


だからこれが精一杯なのだ。


普段の諏訪さんの聡さからは想像もつかないほど、察しが悪くなっているらしい。


なんて不器用で、なんて、なんて諏訪さんらしいんだろう。
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