あなたに捧げる不機嫌な口付け
諏訪さんの部屋は、ひどく懐かしかった。


お邪魔します、と手慣れた手順で足を進めて、コートを脱いで鞄を置く。


「コーヒー、すぐ飲む?」

「うん」

「分かった」


諏訪さんがコーヒーを淹れてくれている横で、食器棚からお皿を取り出す。

懐かしい縁取り。


お菓子は一種類につき二つずつで、置き場所まで変わっていなかった。

……いまだにそんな買い方をしてたのか。


諏訪さんは、どこまで。


一つずつ手順をなぞって、私の足跡を取り戻す。


消したはずの痕跡を、忘れたはずの思い出を、懐かしい調子外れな鼻歌とともに取り戻す。


「できたよ」

「はーい」


ああそうだ、マグカップも。

こっちが私がよく使う方だった。


湯気を立てる熱いマグカップを受け取って、一口飲むと。


「…………」


何これ。


「祐里恵? どしたの?」

「諏訪さんこそどうしたの」

「え?」

「やたらと甘いんだけど、これ」

「……え?」


どうやら諏訪さんには砂糖を入れた記憶がないらしい。


無意識にこんなに入れたの。

スティックシュガーが二、三本分は入ってると思うんだけど、まさかの無意識。


諏訪さんも慌てて一口飲んで、強烈な甘さに顔をしかめてマグカップを置いた。


……諏訪さんも私もブラックが好きなのに、間違えて入れるってことは、私がいなかった間に、誰か砂糖をたくさん入れる人が来たのだろうか。

誰か、甘いコーヒーが好きな彼女さんがいたのかな。
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