あなたに捧げる不機嫌な口付け
「ごめん」

「謝んな、ばか」

「そうじゃなくて。ごめん、でも、そうじゃなくて」


まだ私の整理がついていない。


また恭介さんと呼ぶのに慣れるまで、もう少しだけ待って欲しい。


「ごめん、違うよ。距離を詰める気はあるよ。詰めたいよ、でも」


まだ待って欲しい、とは言えなくて、言葉が途切れる。


それはあまりに失礼だ。


でも、流されてしまうのも失礼だ。


……結局、私にできる手立てはない。


また取り戻したこの場所に早く慣れて、早く恭介さんと呼べるようになって、早く好きを素直に言えるくらい大人になるしかない。


「ごめん、祐里恵。俺が焦った。ごめん」

「そんなことないよ」


完全に私が悪い。


ああもう、諏訪さんに謝らせてどうするんだ。


「コーヒー、淹れるね」

「うん」


逃げるみたいにキッチンに駆け込むと、コーヒー豆もミルもそのままだった。


私が通った痕跡は消えていなかった。


「あれ、この豆」


いつもの豆の隣に青い袋を見つけて振り返ると、諏訪さんが何でもないみたいに言った。


「ん? ああ、それ、祐里恵好きでしょ。そういえばお勧めされたなーと思って買ってみた」


俺も好き。美味いね、それ。
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