あなたに捧げる不機嫌な口付け
呼びかけた名前にはっとする。


はっとした私に、諏訪さんがきつく眉根を寄せた。


「祐里恵」

「……何」

「やっぱり俺、焦ってるらしいんだけど。名前、呼んで」

「っ」


あまりに呼べない私にきっかけをくれたのだ。


切羽詰まった言葉に、呼ばなきゃ、と思った。


返事もできないまま、とにかく口を開く。


それでも。どうしても、上手く音が乗らない。


私が口を開け閉めするのをじっと待っていた諏訪さんが、静かに提案した。


「じゃあ、愛してるって言って」


随分と急な飛躍に驚いて目を白黒させた一瞬を待たずに、別の提案が降る。


「じゃあ、好きって言って」


やっぱり固まった私に焦れた諏訪さんが、すぐに言葉を重ねてしまう。


「……好きっても言えないとかどういうこと。なんでそんなやつといるんだよ。なんで来たんだよ」


言葉が荒れる。態度が荒れる。


「俺は祐里恵が好きだよ。好きなんだよ。祐里恵は違うのかよ。……好きくらい、言ってよ。言って欲しいんだよ」


密かに拳を握り込むのが見えた。


「祐里恵」


苛立たしげにどんどん言葉を重ねていって、あまりに返事をさせてくれないので、答える隙がない。


「祐里恵」

「……だって」


私は初めて、小さい子どもの言い訳のような接続を諏訪さんの前で使った。


「だって。諏訪さんに言ったって、変わらないでしょう……!」
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