あなたに捧げる不機嫌な口付け
「祐里恵との今までを過去のことになんかしないよ」


名前を呼んで欲しいと言った諏訪さんは、手本を見せるみたいに、何度も私を呼んだ。


説得は静かに押さえられているのに、祐里恵、と呼ぶときは熱が込もる。


「だけど、あのときと今じゃ状況が違うだろ。祐里恵が取り払ってくれた制約だろ。俺は祐里恵と、ちゃんと付き合いたいんだよ」


立場を。


「彼氏になりたいんだよ」


特別を。


「頼むよ。頼むから、お願いだから、ほんと、お願いだから」


役名を。


「好きって、言って。好きって。それだけでいいから。一言でいいから」


権利を。


「……もし言ってくれたら、俺が、祐里恵の恋人になる」


――それじゃ、駄目なの。


途切れ途切れの懇願が、小さくぽつりと落ちた。
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