あなたに捧げる不機嫌な口付け
「ねえ、祐里恵」

「何?」


恭介さんが唇を噛んだ私の手を引く。


ショーウィンドウの向こうに掲げられた、大人のビターチョコ、と書かれた看板を指差して、笑う気配がした。


「俺、大人なのにさあ、ビターチョコ食べられないんだよね」


子どもっぽいって笑う?


顔は見えない。だけどきっと優しい目をしている。


恭介さんが苦いものが苦手なのは本当。でもそれを今言うってことは、私に気を遣っている。


「……別に」


滲む視界を隠しつつ呟けば、だろ? と低い声が聞こえた。


「だから俺、祐里恵が好きなんだよ」


——板チョコ一枚、多分それだけ。ささいな甘さで世界は回る。


手持ちで一番踵の高い靴を履いて、

一番大人っぽい服を着て、

無理をしてるとは思われたくないからさすがに化粧はしないけど、大学生くらいには見えるように。


休日に恭介さんと会うときはいつもそう。


少しでも追いつこうと頑張る私は、いつでも必死に背伸びをしている。


埋められない年の差を、埋めたくて。
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