あなたに捧げる不機嫌な口付け
「もしもし、祐里恵?」


彼は変わらない装った呑気さで電話に出た。


痩身が思い出される。


あの日諏訪さんは、脚が長い、釣り合いの取れた体躯を、質のいいスーツに包んでいたのだった。


「何」

「何って、ひどいなあ」


受話器越しに艶のある声がする。


誰にでも好かれそうな、明るくてくせのない諏訪さんの声は、とても聞き取りやすくて耳心地がいいのに、時折不思議なくらい艶を帯びていた。


そして、その声に呑まれないほど綺麗な顔立ちをしているのだから、彼がモテるのだろうというのは簡単に推測できる。


「ねえ、なんで来てくれないの?」

「は?」


驚きが口をついて出る。


この人は何を言っているんだ。


来る? 誰が? 私が? どこに。


「家。鍵渡しただろ」


諏訪さんは、私の戸惑いに焦れたように早口になった。


まるで当然のことを言っているみたいに、どうして思いつかないのかと責めるように、さらりと言う。


……モテる男は違う、というか女慣れしてる人の発想はよく分からない。


鍵を持っているからといって、どうして家に上がると決まっているんだ。


それに、第一。


「私、家の場所知らないんだけど」


「電話してくれたら迎えに行った。住所を教えるのでもいいけど」



ああ、そう。なんて無用心なんだ。


私は信用できると思われているらしい、というのは、少しだけ苛立ちを和らげた。
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