あなたに捧げる不機嫌な口付け
でも、ただ鍵を渡したら簡単に行くと思われていたって、あまりに私に対してひどくないかな。


『なんで来てくれないの』。答えは行きたくないからだ。


私は自分から行く気なんてなかった。


面倒臭いし、そんなに入れ込んでいるわけでもないし、諏訪さんのことがよく分かっていないのに家に行って何をするって言うの。

ただ暇なだけじゃないか。



わざと冷たい声色を心がける。



「なんで私から行くの」



頑なに名前を呼ばない私に、唇を引き結び。


「……じゃあ、俺が来てって言ったら来てくれんの?」


諏訪さんは吐息混じりにそう聞いた。


質問に、ほんの少し、伺う気配を感じる。



……来る、じゃなくて、来てくれる、なんだな。


そんなことで懐柔される私は結構簡単だ。



「そうだね、暇だったら行くかもね」



はっきり言ってしまっては面白くない。


肯定とも否定とも取れる返しに、少し間が開いた。


「……祐里恵」


ゆっくり呼びかける諏訪さんに、私も殊更のんびり返事をする。


「うん、何」


さあ、どっち。


諏訪さんとはこういうささいなやり取りで遊べるからいい。


あのさ、と、もう一つ前置いて、諏訪さんは慎重に尋ねた。


「今日、暇?」

「まあ、余裕はあるよ」


口元が緩む。


楽しさが滲みかけたのを、電話越しに伝わらないようにした。
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