あなたに捧げる不機嫌な口付け
行く、の代わりに捻くれてそう言うと、諏訪さんは静かに私を誘った。


「じゃあ来て」

「いいけど」


いいよ、ではなくて、けど、で返事を締めたのは、続きを諏訪さんに決めてもらった方が楽だからだ。


誘導に気づいたのか、気づかないのか。


「とりあえずあの店まで出て来られる? 俺の家、あそこから近いんだけど」

「私の家は少し遠いから遅くなるけど、それでいいなら」


送ってもらったから諏訪さんも大体予想できるとは思うんだけど、一応言いつつ手早く準備を始めた。


とりあえず服はこのままでいいだろう。荷物は貴重品とお財布と。


「六時すぎる?」

「すぎないと思う」


元々歩くのは早い方だ。急げば充分余裕を持って間に合うだろう。


「じゃ、あんまり遅くないし、祐里恵がいいなら俺は大丈夫」

「分かった。到着十分くらい前になったら連絡する」

「十五分前にしてもらえる?」

「了解。じゃあ、あのお店の前で」


部屋を出た私に、「また後で」と追随するような諏訪さんの言葉があって、どちらからともなく電話を切り上げた。
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