あなたに捧げる不機嫌な口付け
「それはそうだろ」


ああ、苛立つ。


……慰めなんていらないのに。


慰めが必要だと思われるようなひどい顔をきっとしていて、どんなに頑張ってもこれ以上笑えそうにないから、苛立つ。


「俺だって八方美人だし、祐里恵だって八方美人だ」

「……諏訪さんのは度合いが違うでしょう」

「そうかもしれないけど、でもどっちにしたって、八方美人なのは別に悪いことじゃない」


可愛げなく皮肉を言ってみたけど、怒る気はないらしい。


「八方美人な面を持ってない人間なんかこの世に何人いる?」


ただの処世術だろ。あの状況の祐里恵ならなおさらだ。

八方美人じゃなくてあれは気遣いだよ。


「八方美人でも八方美人じゃなくても、俺が気遣いだって感じたら気遣いだから、気遣いでいいじゃんか」


諏訪さんはひどく真面目に笑顔を作った。


説得力を持たせるためだろうか。久しぶりのまともな微笑みだった。


「気遣いができない人より、気遣いができる人の方がいいに決まってる」


そんなことは知っている。


ただ、どう取られるかという柵があるのが問題なのだ。


「祐里恵は気遣いができる、いい人だよ」

「眼科を勧めようか」


否定は弱腰になった。


「ひどいな、祐里恵」


口端に笑みを浮かべる諏訪さんに、強く眉を寄せて、黙って俯く。


……ああ。これだから。
< 68 / 276 >

この作品をシェア

pagetop