あなたに捧げる不機嫌な口付け
鞄を取り上げながら早足で階段を下り、喧騒から抜け出すように昇降口に躍り出る。


ここなら電話は問題ない。早足で校門に向かいながらかけると、短いコールで繋がった。


「遅くなってごめん。今大丈夫?」

「大丈夫」


上機嫌に答えて、諏訪さんはおなじみの質問をする。


「祐里恵、今日暇?」

「暇。諏訪さん、お菓子もう準備しちゃった?」

「おー、祐里恵が初めて率直に……え、お菓子? いいよいいよ、手ぶらで来て。俺の我がままじゃん」


お菓子と言っただけなんだけど、相変わらずこの人の頭はよく切れる。


今日のお茶菓子をお詫びも込めて買いに行こうとしているのが見抜かれている。


聡いのは長所だけど、私はわざと隠したのに気づくとかひどい。


自分が受け答え下手すぎてへこむ。


気がついた上で諏訪さんの我がままだと逃げ道をくれるのは、優しさ故だ。


でも、今回は私の好きなようにさせて欲しい。


諏訪さんは律儀にお茶とお茶菓子を毎回準備してくれていたので、悪いなと思っていた。


いつかお菓子を持って行こう、とも。


「よ、う、い、し、た?」


にっこり笑って聞くと、顔は見えなくとも放った威圧は伝わったらしい。


うぐ、と詰まった諏訪さんはしばらく粘り、ものすごく渋々答えた。


「してないです……」


よし言質は取った。


すごく小声だったけど言質は取った。
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