あなたに捧げる不機嫌な口付け
「見えますよ。よくお似合いで」


お世辞に本当に嬉しそうに照れながらお礼を言う諏訪さんの爪先を、他に誰も見ていないのを確かめて思い切り踏みつける。


……この。


諏訪さんは平然と受け流して優艶に微笑んで、小さく人差し指を唇に当てた。


しー、とか注意されなくても騒がないよ、別に。


まさか、嫌がるのを分かっていて地味に嫌がらせされるとは思わなかったけど。

そんなに幼稚だとは思わなかったけど!


荒れた心中で皮肉を重ねて、顔に出さないように気分を紛らわした。


ありがとうございました、と渡された大きな紙袋を諏訪さんに押しつけて、さっさと前を行く。


子どもっぽいと謗られようと知ったことか。


用心に用心して、建物を離れてから口を開いた。


「ねえ、諏訪さん」

「うん?」

「なんで彼女だって言ったの」


まだ食べていないカヌレのためだけに、諏訪さんの部屋に足を向ける。


そうだ、ミルで豆挽いてコーヒーも飲みたいし、と弾みをつけて、ともすれば止まりそうな足をひたすら動かした。


不機嫌な私に、そうだね、と切り出しながら。


「じゃあ祐里恵は、俺たちの関係をなんて説明する?」


私が先を歩きたいのなんか構わずに隣に並んで、その分かりにくい切れ長の瞳で諏訪さんは私を覗き込んだ。
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