親愛なる背中へ
……だけど、どれだけ頑張っても。
私にそれをすることは許されない。
思わず欲に負けて目の前の背中に触れようと伸ばした手を、慌てて引っ込めた。
「……せーんせい!」
代わりに声で彼――先生の気を引く。
いつもこの場所で、何度も彼を呼んできたように。無邪気に声をかけた。
そして終わりなんて知らないみたいに、いつもの素振りを装って、彼が振り向いてくれるその瞬間を待つ。
「……おお、中西か」
教室の黒板の前ではチョークを持つ無骨な指先に、今は煙草を挟んで。ゆるりと口元に笑みを携えて、山内先生は私を視界に捉える。
私が今日もこの場所に来ることを分かっていたみたいで、振り向いた先生は、いきなり背後から声をかけられても驚いていないようだった。
3年間履いて少しくたびれているローファーで地面を駆け、早くも前を向いてしまった先生の背中に近付く。
そばによると、身体を少しだけこちらに向けてくれた。そして指先で持つ煙草を、私から遠ざけるようにフェンスの外側に向ける。
「あんまり近付くなよ? 煙吸うといけないから」
「そんな心配するぐらいなら、いい加減禁煙してくださいよ」
毎回私がここに来るたびに、先生は私のことを気遣って離れようとする。煙草の煙を受動喫煙してしまわないようにと。
心配はありがたい。でも正直、ちょっと離れて煙草を遠ざけてくれたぐらいではそれはほぼ無意味だ。辺りには煙の匂いが漂っている。
この匂い、最初は嫌いだった。臭いし、煙たくて目が痛くなるし。