親愛なる背中へ
でも慣れというのは恐ろしいもので、今はほとんど平気だ。
むしろ先生がスーツに纏う匂いと同じ匂いが自分のグレーのブレザーに染み付いていくことを、いつしか少し嬉しいとさえ思うようになっている。
自分の内側のすべてが、何だか毒されていくような気分だ。
一度咥えた煙草を唇から離し、ふうっと細く息を吐く先生。
白いそれが広がる様を見届けたあと、小さく苦笑を漏らした。
「そりゃあ無理だな。これがないと俺、生きていけない」
「子供みたいなわがままですね」
「俺は立派な大人だ。法律で喫煙だって許されてる」
「そんなこと言うところが子供っぽい……」
「失礼だな、おい」
「……とにかく、吸いすぎると身体に悪いですよ。それこそ生きていけない、なんてことになりかねないし」
埒が明かないような話にため息をついた。
私はまだ煙草を吸ってもいい年齢じゃないから、その味を味わったことはない。だからその良さもまったく分からない。
出来ることなら、先生には禁煙してほしいなぁって思う。その理由は、先生が私を心配するのと同じ。
人の心配をするよりもまず自分の身体を労わるべきだと思うけど、あいにく先生は禁煙をする気はないらしい。
先生が煙草を吸っているたびに私は口酸っぱく禁煙を勧めているけど、一向に先生は受け入れてくれない。
「大丈夫だ。生きてるうちにはちゃんとやめるから」
いつもと同じやりとりを今日も繰り返した末に、先生は拗ねたように唇を尖らせると、躊躇うこともなく再び煙草を口に咥えた。
もうっ、と。頬を膨らませて怒った顔をしてみても、先生はゆるく笑ってそのまま誤魔化してしまった。