親愛なる背中へ
そんな、人が滅多に寄り付くこともない裏門。
そこに突如現れたのが、高2に進級した年に隣のクラスの担任として赴任してきた山内先生だった。
4月の新学期が始まったその日。
放課後に帰ろうと、いつも通りこの裏門を目指してやってくると、こちら側に背中を向けて人が一人立っていた。
煙草の煙を吹かしている、スーツを身に纏った後ろ姿。
見ただけで、その正体が山内先生だと分かった。
自分のクラスの担任でもなく、新学期が始まった日だからまだ全然授業でも関わりがなかったけど……。
着任式で舞台に上っていったとき、堂々とした真っ直ぐな背中が印象的だったからよく覚えていた。
「山内先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
始まりも、今と変わらないような煙草の話。
今みたいにフェンスの外ではなく内側で吸っていた先生に、この学校のルールを教えるつもりでそう声をかけた。赴任してきたばかりの先生は、まだそれを知らないと思ったから。
いきなり背後から名前を呼ばれた先生は、その不意打ちにとても驚いたような顔で振り返っていた。まるで、いたずらがばれた子供のような顔。
「これ、秘密な」
慌てて裏門からフェンスの向こうに一歩移動すると、人差し指を唇に当てて先生はそう言った。大人な苦い匂いを漂わせながら、無邪気な表情で。
頼もしく見える背中とはギャップのあるその砕けた表情に、その瞬間、私の胸が淡く染まったような気がする。
それからというもの。
放課後に私が裏門を通って帰ろうとするたびに、そこで煙草を吸っている先生と出くわした。
どうやらその時間が先生の休憩タイムだったらしく、この学校で喫煙するときはこの場所に来ることを日課にしたようだった。