明日、僕と結婚しよう。
僕が話しかけたのはひとりの女性……総合案内の担当者だ。
姿勢を正して座っている彼女は常になにかしらに対応している他の人と違って声をかけやすい雰囲気があった。
たとえば知らない土地で目的地までの道のり、授業中にわからなかった問題。
誰かに質問することに対してなんの抵抗も抱かないたちの僕としては、今回も誰かに訊いた方がはやいと思ったんだ。
「婚姻届でしたらあちらの5番カウンター前、戸籍の担当の正面にございます」
「そうですか。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、示された方向に視線をやる。
場所を確認したところで進みはじめてから、少し。
大人しくついて来ていたはずのちひろの様子に目を丸くした。
「正人のばか」
暖房が効いているとはいえ、そこまで暑くないはずなのに、ちひろの頰は熱をはらんでいる。
それだけじゃない、普段ならありえないことに耳まで赤く染めているんだ。
軽く唇を噛み締めて、その柔らかそうな薄いピンクに心臓を1度跳ね上げて、ちひろはいったいどうしたのかと思う。
「……ちひろ?」
そっと促すように彼女の名前を口にした。
するとためらいながらも、ちひろは言葉をゆっくりと選んで声に乗せる。
「私たち高校生なのに婚姻届なんて、人に尋ねるなんて……恥ずかしくないの?」
「え? うん。僕は気にしないけど」
僕の軽い返事に、ちひろは息をつまらせた。