明日、僕と結婚しよう。
昼に食べた出来たてのパンのように、ふんわりと柔らかな気持ちになる。
こつこつと小さな音を立てるちひろのパンプス、それを見下ろす彼女のつむじを見つめる。
そうしていると、総合案内で言われた戸籍のスペースに着く。
周りを見回せば、目につくところにリーフレットスタンドを見つけた。
旅行のカタログを入れているような、書類が縦に入れられているケースで、なにが書いてあるのか少しわかるようになっている。
大きく婚姻届、と書かれているそこに近づいた。
それに手を伸ばそうとした瞬間、隣にいたちひろがその場にすとんとしゃがみこんだ。
とはいえ体調が悪くなったりとか、そんな理由ではなく、ある書類を見つめている。
感情のない、真っ黒な瞳に映っているのは、緑色で刻まれた離婚届の文字だ。
「っ……」
婚姻届の書き方の説明書、婚姻届、離婚届の書き方の説明書、離婚届と順に並んでいる。
2種類とも届は予備として2枚までと注意書きされていた。
ただただ離婚届に視線を向けるちひろから目を引きはがし、僕は婚姻届を手に取った。
僕がそれをしまいこむ間も、彼女は浅く呼吸を繰り返すばかり。
なにも言わないちひろにどうしたものかと思ったところで、薄く彼女の唇が開いた。