明日、僕と結婚しよう。
「婚姻届は黒色なのに、離婚届は緑色で印刷されている。家族の繋がりを断ち切るものが婚姻届より穏やかな色なんて、笑ってしまうよね」
笑ってしまうと言いながら、彼女は失笑さえもこぼさない。
淡々と吐き出されるだけの言葉。
色の乗せられていないそれが、逆に彼女にとってどれほど胸を軋ませることかを感じさせる。
「……何度見ても、嫌になる」
そうだね、と返すには、僕の言葉は安すぎる。
本当の意味で理解なんてしていないのに、彼女の救いになれるわけでもないのに、……そんなこと言えない。
だけど苦しまないで。
ねぇ、わざわざ自分を傷つけようとしないでよ。
もう君に痛みを刻んだものとは離れられるのだから、縛られないで、自由に。
彼女の視界に僕の手をかざす。
そしてゆっくりと彼女に近づけて、逃げないことを確認しながらまぶたに触れた。
閉じられて、震える彼女の長いまつげが僕の掌をくすぐる。
「ちひろ。……行こう?」
「……うん」
細く空気が抜けるようにかすかに、ちひろが応える。
その言葉を聞いて、僕は彼女に立つよう促した。
決して離婚届を見ることがないように慎重に、僕たちは市役所をあとにした。