明日、僕と結婚しよう。
いつもより少し上等の靴の裏で、土手の草が音を立てる。
さくさくと踏みしめて、下り坂になっているそこをゆっくりと進む。
人がめったにやって来ないそこで、ただひとり座りこんでいる唯一の人。
影の落ちた小さく儚い背中。
丸まったそれに向けて、薄く唇を開いた。
「────ちひろ」
その名前に肩を跳ね上げて、彼女は伏せていた顔を上げた。
様々な感情が入り混じり、複雑そうな表情に僕はそっと近づく。
「なんでここに正人が……」
「ちひろは、昔からなにかあるとここに来るよね」
土手の、橋の下。
アスファルトじゃないからほんのわずかにじめっとしていて、薄暗く目立たない。
そこに、ちひろはいつだってひっそりと息をひそめるように姿を隠していた。
だから今日もきっと、ここにいると思った。
君を迎えに行くのは、僕だけの特権だから来た。
なにも不思議なことなんてないでしょう?
そう考えながら、僕もちひろの隣に腰を下ろす。
膝を抱えた彼女の手は普段から白いというのに、力が入っているせいでより白く、そしてなにより震えている。
そんな姿をただ見つめることしかできない僕は、僕はなんて無力なんだろう。