明日、僕と結婚しよう。
靴の先から視線を動かさないちひろの瞳から、ぽとり、と涙が落ちた気がした。
だけどそれは僕の見間違い。勘違い。
世界の誰より愛おしくて悲しいこの子は、人前で泣いたりしないんだ。
どんなに苦しくても、辛いことがあっても、それを表に出すことはない。
助けてって言ってくれたら、僕はなんだってしてあげたいのに。
そうはせずに痛いことをぜんぶ自分の中に閉じこめて、必死で隠してしまう。
それは、今みたいに。
だけど……だから。
僕は君を泣かせてあげたくて、なのにやっぱり泣かせたくなくて。
なめらかでありながら強張ったその頰に、指先で触れた。
指の背を優しく擦りつけるように、見えない涙をすくうように。
本田 ちひろ(ほんだ ちひろ)、16歳。
浅倉 正人(あさくら まさと)、18歳。
同じ高校に通っていた、幼馴染の僕たちだけど、今日は3月17日。
僕はもう高校に行くことはなく、ちひろだって今は春休みに入っている。
だけどまだ、16と18だ。
僕たちは、まだ子どもだ。
親に左右される世界で、必死で現実に抗っていた。
逃げ出すこともできず、うまく戦うこともできないで。
それでも、叶うか叶わないかじゃなくて、まだ見えないあるかもわからない明日のために。
そんな日々の結末は、きっとこれでいい。
僕が悩んだ末の選択は、君となら。
「ねぇ、ちひろ」
ふっと顔を上げた彼女と視線をあわせる。
なに、と問いかける瞳にそっと息を吐き出して、深く吸いこむ。
そして囁くようにその言葉を口にした。
「明日、僕と結婚しよう」