明日、僕と結婚しよう。
だけど、言えない。どうしたって。
知らないままで、これからのことを考えていてほしい。
引っ越し、田舎での生活、転校。
慣れない道のりと、新しく作っていく関係。
最後の年はまともに学校に通っていなかった僕とは違い、ちひろはまだたくさんの時間を過ごしていくんだから。
誤魔化す僕は傲慢だ。
だけど、それでも、傲慢でいさせて欲しい。
だってふたりの道が別れることは避けようがない。
僕たちは子どもだから、親に従うしかない。
ちひろの両親の離婚も、僕の手術も、自分たちから言い出したことではないけど、それが最良だって知っている。
僕たちのために選び取ってくれた選択は、疑いようもない正解なんだ。
だから今日だってずっと、そのことをわかった上で話をしていた。
空想世界、言葉遊び。
明日の結婚なんて、うそばっかり。そう言われても仕方がない。
だけど。
「それなら、どうしてちひろはプロポーズを受け入れたの?」
ちひろの手の下に拡げられた婚姻届にしわが入る。
ぎゅっと力のこめられたこぶしに手を伸ばして、触れられることに怯えがちであるちひろを刺激しないようにそっと、自分を手を重ねた。
するりと指先をすべらせれば、震えているそれの小さいこと、かんたんに掌に収まる。
「プロポーズを、受けたのは……」
言葉を探すようにぽつぽつと声がこぼれ、わずかに顔が下を向く。
お互いの手と、婚姻届の間で視線が揺れる。