明日、僕と結婚しよう。
「夢を、見たかったから」
「うん」
「現実だって、現実になるって信じたかった。
……私、正人と結婚したかった」
「うん、僕も。同じだよ」
はっと息を呑んで、ちひろは顔を上げる。
目があえば、はじめて彼女の表情はくしゃりと歪んだ。
僕たちが婚姻届に名前を書きこんだって、結婚できないことなんてわかっていた。
法律は許しても世間は許さない。
……僕の身体も、許さない。
これははじめからずっと、口先だけの約束。
それは虚しくて苦しくて、だけどもうそれしか僕たちには残されていなかった。
悔しいと思う。
叶えられない約束を結ぶこと、うそを吐くこと。
甘い甘い砂糖のように、胸焼けするほど、もういらないと言うほど、ただ純粋な幸せを与えてあげたかった。
「本当は結婚できなくても、信じたかったから口にした。ねぇ、僕だって、……不安なんだよ」
ああ、こんなこと言いたくなかった。
だって君は哀しむでしょう。
自分の哀しみを隠そうとするでしょう。
そんなのは嫌だった。受け入れられなかった。
でも、僕たちは違う人間だけど、想いはひとつだと知って欲しかった。
「この街を出たくない。君と離れるのはこわい。
手術して、その先の日々がどうなるかなんてわからない」
「正人……」
「だから、曖昧な約束がせめて、僕たちにとって救いになればいいと思った」
夕焼けのオレンジは消える。
とろりと影が落ちて、君の顔がぼやけてしまう。
公園の中の電灯が星のようにチカチカと瞬いた。