明日、僕と結婚しよう。
涙がとまり、落ち着いた頃。
月がぼんやりとちひろの手元をのぞきこむような、不思議と電灯が消えかかっていても明るい夜になって。
彼女は婚姻届に自分の名前を書きこんだ。
そして僕たちの婚前旅行は終わる。
公園に来るまでと同じようで、少し違う心を胸に抱え、お互いの手を重ねた。
ちひろに引っ張ってもらうでもなく、僕は息を荒げるでもなく、ただゆっくりと、帰り道を歩いた。
掌の温度はとけあって、ふたり同じぬくもりに触れる。
痛くはないけどしっかりと繋がった手にほっとする。
「明日の見送り、行くね」
「うん」
ぽとり、ぽとり、傘の先から雨のしずくがしたたるよう。
空を見上げつつ言葉を落とす。
僕たちはもう、明日は結婚、なんて言葉遊びをすることはできない。
さみしいと考えながら、それでも足を運ばなくてはいけない。
子どもと大人の狭間期間。
曖昧な状態から、1歩前に進むその時が、きた。
明日は結婚式じゃない。
明日から夫婦じゃない。
明日は、この街から君がいなくなる日。
ちひろは父親がいるこの街にはもう2度と戻らない。
大切だった繋がりが断ち切れる、終わりの1日。
だけど、きっと、はじまりだ。