明日、僕と結婚しよう。
ちひろの家に着いた。
中で起きていた出来事をすべて隠していた、美しい形を保った一軒家。
真白い壁の前に立つ門を視界に入れて、僕たちは足をとめる。
靴の下、アスファルトに視線を落とした。
なにかないかと言葉を探すも、見つからない。
僕は、好き勝手に自分の希望をちひろにぶつけて、もう言えることがない。
これより先はちひろがどう考えるか、感じるかだ。
今日の終わりが名残惜しいと思う。
だけど明日の朝はやくに出て行くちひろのことを思えば、そろそろ家に帰してあげないと。
それに、引っ越し前日にちひろがなかなか帰って来なければ、彼女の母親も心配するだろう。
繋いでいた手の、指先から力を抜く。
ゆっくりと離そうとしたところで、ぎゅうとちひろが強く握る。
ぐい、と引っ張られて、僕は思わず彼女の顔を見つめる。
目があったちひろは唇を開いて、細く声にならない息を吐き出す。
ためらいがちに視線を漂わせて、唇をきつく噛み締めて。
そして眉間にしわを寄せた必死な表情で、彼女は言った。
「待ってる」
ちひろが眉を下げて、くしゃりと顔を歪める。
まばたきもしないで、まつげの先を震わせながら、それでも心配させないようにと不器用に笑ってみせる。