美味しいものは半分こ
美味しいものは半分こ

 美味しいものは半分こ。
 それは妻が始めたお遊びのようなもので、いつしかルールと化していた。

 コンビニで買ったパンも半分こ。パンケーキだって半分こ。お土産に貰ったクッキーも、中華料理屋の餃子や小籠包だって半分に分けて食べる。量よりも質。質よりも共有を良しとする、実に彼女らしい発想で、付き合いたての頃は肉まんを分けて渡す姿が可愛くてたまらなかった。

 それが、結婚して三年目。人よりも長くゆっくりと紡いだはずの愛情は次第に脆くなっていた。

「優さん、今日はいつ帰ってきますか」

「仕事が忙しいんだ。遅くなるよ」

「そ、うですか」

 玄関先で立ち尽くす妻。顔にかかる髪、その先の瞳が明らかに陰りを見せた。同じ返答を今週はもう五度も繰り返していた。優は知っていた。妻が食卓横の引き出しに頂き物の菓子を入れ、ともに食べるときを楽しみにしていることを。

 それでも働かない訳にはいかない。そんな選択肢は元よりないのだ。

 心の端で彼女のため、と思っていた。自分は家族を支えるために仕事をしているのだと。そして、妻も理解し、支えてくれているのだと。だから、分からなかった。明くる日、彼女がそれをテーブルに置いた理由が。

「朝食はドーナッツか。珍しいな」

 食卓に並べられた三つのドーナッツ。ゴールデンチョコレートにストロベリーリング、エンゼルクリームだ。だが、見知ったはずのその姿はどれも半分足りない。

「おい、ハル。半分のドーナッツだけなのか」

 後ろを通る、パジャマ姿の妻に問いかけたが、答えはなかった。寝起きは機嫌が悪いのだ。仕方あるまい。たまには甘い朝食も悪くはないじゃないか。そう思い、丸いわっかの半分を端からぱくり。彼女が食べたはずの断面は、ほのかに紅茶の香りがした。
 ああ、懐かしい。妻が妻でなかった頃、二人は紅茶と一緒に菓子を食べるのを常としていた。最近はそのことすらも忘れていた。

 それからも、妻は半分の朝食を出した。半分の目玉焼きトースト、半分の梅おにぎり、半分の焼き鮭。始めは面白かったが、食事が半量になることに変わりはない。と同時に、次第に口を利かなくなった彼女にも腹が立ってきた。日頃から口論することも多かったが、妻が口を開かなければ怒鳴るだけとなり、ついには半分の朝食すらなくなってしまった。

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