美味しいものは半分こ
「おい、飯は」
「……」
「もう、いい」
そう吐き捨て、リビングから遠ざかる。妻はいってらっしゃいの一言もなく、ただ俯いた。
もう終わってしまうのだろうか。懐かしい思い出も、二人だけの生活も、もう随分遠いものとなってしまった。このまま終わってしまって、それでいいのだろうか。
迷いとも言えない感情に心を揺さぶられながら、玄関先で革靴に足を通した時だった。
ずしっと、背中に何かがぶつかるのを感じた。一瞬妻の拳かと思ったが、違った。
フローリングマットの上には、小さな饅頭が。目とくちばしのついた鳥を模した和菓子だった、はず。今は表面が奇妙に潰れ、可愛らしさの欠片もない。
「これは……」
どこか見覚えのある菓子。そうだ、これは食卓横の引き出しに入っていたはずだ。
拾い上げ、袋を確認する。賞味期限が切れていた。妻は期限が切れるまで、夫を待っていたのだ。
優は少し離れた所に立つ彼女を抱きしめた。その刹那、互いの瞳が、唇が、悲しみに歪む。
共有したかったのは、美味しいものじゃない。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも。互いが思う全てを、互いに分かち合いたかったのだ。
優はやっと半分のドーナッツの意味に気付いた。
彼女は自分の半分なのだ、と。