好きだなんて言ってあげない
「佐野が丁度聞いてたんです」
山岸が苦々しく言い棄てた。
「聞いてたって何を?」
専務が聞き返す。佐野さんがコクリと小さく息を飲み、覚悟を決めたように口を開いた。
「ーーーー更衣室、地下なんですけど・・・・・東側の階段下のトイレってあんまり使う人がいなくて」
「ああ、ちょっと暗いもんね」
「そうなんですーーーで、野波さんのアメリカ行きが決まる少し前のことだったんですけど・・・・・」
佐野さんが個室に入っていたら何かが倒れる音がしたらしい。何だろうと不思議に思っていたら矢口の声が聞こえてきた。
「わたしの入ってた個室、矢口さんからは死角だったみたいで・・・・・脅してはったんです、木下さんを」
「・・・・・脅す・・・・・?」
一気に部屋の温度が下がったような気がする。
「はい。野波さんに相応しいのはわたしだみたいな・・・・・別れなかったら野波さんに木下さんと二股されて弄ばれて捨てられたって常務に言い付けるって」
「なんで常務?」
「父親よ、その矢口の。今、銀行で一番勢いのある派閥のトップ」