好きだなんて言ってあげない
握り締めた拳から力を抜く。
会えば口喧嘩になる専務からこんな優しい言葉が聞けるとは思っていなかった。
「専務が優しいとなんか調子狂う」
「阿呆、オレは弱ってるヤツには優しいんや」
「弱ってんの?わたし」
「少なくともいつもよりは」
慰められていたわけか。
友達の元カレの友達。
なんだかよく分からない関係。
時々仕事の後に呼び出されて一緒に飲みに行く。それは2人だったり、銀行の後輩の山岸も一緒だったり。
ちょっと皮肉屋、ちょっと意地悪。
なんで友達の別れた彼女のために仕事をおいて駆けつけるのだろう。
なんで友達の別れた彼女の友達にまで構うのだろう。
病院に着いて、お母さんの側でぼんやりしていたこまりを見付けた。
こまりの頭を撫でる専務。
話しかける声はどこまでも穏やかで、向ける視線はどこまでも優しい。
ああ、そうか。
何かがストンと胸に落ちてきて、何もかもが納得できた。
通夜と葬儀の打ち合わせは専務が慣れた様子でこまりに確認しながら進めていく。わたしは森崎係長に連絡をし、銀行の方の手続きをお願いする。