恋になる、その前に
俺のことなどまったくの他人事と受け止めて、しれっと笑う。

「なんつーか……ありえんのですけど」
「ありえないことないでしょ。会社の女の子たち、残念がってたんだから。若手一番のモテオ君のくせに」
「……俺なんて単なる手頃な彩りサラダですよ。俺が行かなくたって何も変わんないっすから」
「それは見解の相違ってものよ。女子は大ブーイングで、ドタキャンなんて何があったのかってうるさかったんだから。……高遠さんって見かけよりもチャラくないし、実は義理堅いもんね」

このひとは、俺を苛立たせるのが上手い。

ここまで話を振っておきながら、気になったのは自分ではなく他の女達だと暗に示す。

おかげで嗜虐心が疼いてきて、つい苛めたくなる。

「三峰主任は噂通りっすね。広報の三峰っていえば三人前の仕事をこなすって言われてるだけあって精力的っつーか。それってやっぱり『英雄、色を好む』ってヤツなんですかね? 俺みたいな平々凡々な人間は、そのうち精気吸い取られて腹上死するかもね。あなたエロ過ぎだからさ、ねぇ、紗綾さん」

俺のささやかな逆襲に、ベッドのうえであぐらをかいて缶ビールを飲んでいた三峰主任は「うぐっ」とのどを詰まらせ、コミカルな音をたてた。

笑いを隠して「大丈夫?」と問うと、ゲホゲホしながら「名前で呼ぶな」こちらを睨み付ける。

社内で見かけたときは無機質で冷たそうだと感じていた彼女の横顔。
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