素直の向こうがわ【after story】
「徹、おめでとう」
家族全員と松本が席に着くと、父さんが乾杯の音頭を取った。
隣に座る松本は、さっきから終始笑顔だ。
ずっと、この笑顔が見たかったのだと改めて知る。
俺も心からホッとしていた。
「それにしても、徹はこの一年文子さんを待たせてたんだから、その分お返ししないとね」
斜め隣に座る母さんがニヤッとして俺を見た。
「そんな。いいんです。こうやって合格してくれただけでもう……」
松本があわあわと手を振る。
「文子さん、そんなにこの子を甘やかしちゃだめよ。男は甘やかすとすぐ手を抜くんだから。いろいろお願いした方がいいよ。特に徹は、放っておくと本当に何もしなさそう」
「確かに、兄ちゃん、いつもしかめっ面だしな。そんなんだと誰かに取られちゃうぞ」
黙っていた渉までが口を挟んで来た。
誰かって、誰だよ――。
渉の方に視線を向けると、向かいに座る松本の顔をちらちらと見ていた。
あれは、話し掛けるタイミングを計っているのだとすぐに分かる。
「ほらほら、皆で徹を責めるなよ。今日は、徹が主役なんだし。徹だって、とびっきりのサプライズを文子さんに用意してるよな。だから、外野は黙る黙る」
父さんも、俺をフォローするふりしてさり気なく変な爆弾を放り込まないでほしい。
とびっきりのサプライズってなんだ。
そんなもの用意してない。
勝手にハードルを上げないでほしい。
この会話の中で俺は一言も言葉を発していないのに、勝手に会話が進んで行く。
それが家族が多いことの利点でもあり困ったところでもある。
それでも、隣に座る松本が楽しそうだから許してやることにする。