素直の向こうがわ【after story】
自分の部屋なのに、自分の部屋ではないみたい――。
パタン、と閉じられたドア。
河野の両腕に挟まれてドアに押し付けられ、じっと見下ろされる。
さっきから、冷静であまり感情の起伏のないいつもの河野とは全くの別人ぶりに、胸の鼓動が収まらない。
「……ずっと、不安だった?」
肩を掴まれて、私の額と河野の額が合わさる。
どこか甘さのある掠れた声が近くで響く。
こんな河野、知らない。
ドキドキと心臓が喚き立ててせわしない。
「……この一年、不安にさせてた……?」
そして、その声がさらに掠れた。
違う。ちゃんと幸せで、河野のことがただ好きで……。
私はただひたすらに頭を横に振る。
「……ごめんな。ホント、俺、どうしようもない」
そう零して私の肩に河野が顔を埋める。
首筋に河野の髪がかかり、そしてその温もりの重みを感じる。
「ちゃんといつも幸せだったし、私が……、変なこと言ったからっ――」
「――変なことなんかじゃないよ。俺も、同じ。いつも、おまえに触れたかったよ……」
肩にあった河野の手が私の腕を滑り落ちて行く。
「でも、そう出来なかったのは……。怖かったから」
そして、私の手を握り締めた。
そして、私の顔を正面から見つめた。
「おまえのことを想う気持ちが大き過ぎて怖かった。この手に抱いてしまったら、おまえのことで一杯になってしまいそうで、俺が俺じゃなくなりそうで、そんな自分が怖かった」
切なく揺れる河野の目に、心がぎゅっと締め付けられる。
「自分の臆病さに苛立つけど……、それほどまでにおまえが好きなんだ。どうしようもないほど」
想いが溢れて、涙まで溢れ出す。
身体中が河野が好きだと叫んでる。
握り締められている手から、河野の想いも伝わって来てさらに涙が溢れる。
この感情を抑えることなんて出来なくて、河野の名前を呼ぼうと見上げたと同時に河野の唇が重なった。
私の手を握っていたはずの河野の手は、私の後頭部に回されてより深く、より深くときつく掴まれる。
「でも、もう抑えたくない……」
離された唇から溢れた、吐息のような言葉。
そして、再び覆いかぶさるように河野の唇が降りて来た。