素直の向こうがわ【after story】
自分じゃ立っていられなくなって、ドアを滑るようにずるずると落ちて行く。
何かを吹っ切ったような、河野の溢れんばかりの想いが唇を通して伝わって来る。
それを受け止めるのに必死で、気付けば河野の胸のあたりのシャツをぎゅっと握り締めていた。
唇を重ねたまま河野がコートを脱ぎ捨てると、大きな手のひらが私の首筋を這う。
その手のひらの感触に、胸が震えだす。
何度も角度を変えて落とされていた唇が、今度は耳へ、首筋へと移動いていく。
唇が解放されてしまったから余計に吐息が漏れて必死に抑えた。
そして私のワンピースに手を掛けられた時、咄嗟に身体が強張った。
それは本当に無意識のうちに。
それで一瞬河野の動きが止まる。
でも、違うってことを分かってもらいたかった。
嫌でも、怖いのでもないってこと。
「好き……」
河野の首に腕を回し、きつく抱き付いた。
必死で言ったから少し声が震える。
こんなにも自分から誰かのことを欲しいと思ったことは無い。
こんなにも自分から抱きしめたいと思ったことは無い。
こんな感情初めてのことだ。
河野が、そんな私をすっぽり覆ってしまうかのように抱きしめた後、いきなり抱きかかえた。
ベッドに横たえられて、河野の両腕に身体を挟まれ見下ろされる。
その時の河野の顔は、これまで見たこともないほどに、「男の人」の顔だった。
そして眼鏡を取ったその目を見上げれば、私の心臓は壊れるんじゃないかと思うほどに暴れ出した。
少し乱れた黒髪から覗く熱を帯びた私を見つめる目に、胸の奥が甘く疼く。