素直の向こうがわ【after story】




「今日って確か、おまえの親帰って来ないんだったよな」


玄関先で靴を履きながら、河野が呟いた。


「うん。学会かなんかの出張で」


だって、わざわざその日にしたんだもん。


「一緒にいてやれなくてごめん」


靴を履き終わった河野が私の真正面に立つ。


「ううん。さすがに、泊まって帰るのはちょっと、ね」


それはやっぱり、どうかと思う。
河野の家族が想像するであろうことを思うと、そんなことさせられない。


「おまえの家に行くなんて言ってこなきゃよかったな」


そう言って河野が少し名残惜しそうに笑った。
それだけで、私には十分だった。


「いいよ。この家に一人なのは慣れてるし。遅いから気を付けて帰って」


だから、笑顔を、心からの笑顔を河野に向けた。


「今度は、どっか行こう」


河野の手が私の頬に伸びて来て、そのままキスされた。


「じゃあ、戸締りしっかりしろよ」


そう言ってドアに手を掛けた時の河野の表情は、少しだけいつものものに戻っていた。


ドアが閉じられて、私は大きく息を吐いていた。

どれだけ自分が緊張していたのかが分かる。

でも、身体中に残る河野の余韻が私をまたも甘い気分にさせてくれた。

次に会う時、河野がどんな風な態度になっているのか、それを考えると少し怖い気もする。



でも、そんな心配は全然いらなかった。

次に会った時の河野は――。

両方の河野が存在していた。
いつもの冷静さと、とびっきりの甘さと。

そんな彼に、
やっぱり私は翻弄されるのだけど――。




―二人きりの時間 終―

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