素直の向こうがわ【after story】
あ――、いた。
この日もいつものように課されたレポート。
それを仕上げようと図書館に来た。
これはもう毎日の日課みたいになっている。
大学の図書館に来るのはもちろんレポートのため。
でも、もう一つの理由――。
「河野君、レポートやってるの?」
真剣に何かの本を捲っていた。
その本に落とされていた目がゆっくりと私に向けられる。
「ああ、川名さん。レポートはさっき終わったから、授業の参考になりそうな本読んでた」
う……。やっぱり、河野君は私とは全然違う。
彼と同じクラスになってこの二か月。
大変そうにしているのを見たことがない。
でも、こうやっていつも努力しているのを知っている。
河野君が、時間さえあれば図書館に来ているのも知っている。
「もう終わったなんて、羨ましい。私はこれからやっと取り掛かるところだよ」
「そのレポートは、見るべき文献もはっきりしてるし、そんなに時間かからないと思う」
表情を変えることなくそう教えてくれた。
そしてまたその目は本に戻される。
私は何食わぬ顔して、河野君の向かいの席に座る。
同じクラスになって、実験で同じ班になって、知り合いになった。
6人くらいの班の中で、河野君は一番大人びて見えた。
無駄なことも喋らないし、表情があまり動くこともない。
でも、冷たいのとは違う。
あれは、初めての生物学の実験の時。
私一人が全然想定された結果が出なくて、時間も押し迫っていて追い詰められていた。
皆が真剣に作業をしている中、そうやすやすと聞ける雰囲気でもなくて。
一人不安と焦りが押し寄せていた。