素直の向こうがわ【after story】
だけど一か月ほど前、授業の後の図書館で彼の姿を見た時――。
思考の前に心が動いていた。
胸が勝手に高鳴った。
ドキドキと激しく波打つ。
頬杖をついて居眠りをしている姿。
いつもかけられている眼鏡が外されていた。
その姿に完全に目を奪われた。
あまりにじっと見過ぎたからか、その目がゆっくりと開いて。
その河野君の顔を見た時、
私の心に何かが貫いて行った。
――河野君?
どちらかと言うと、真面目でお堅い感じの彼の雰囲気がまったくの別人に見えた。
いつもの切れ長の鋭い視線が、憂いを帯びたような目に変わる。
いつも纏っている真面目な雰囲気から、整った端正な顔が現れた。
先ほどで十分に高鳴っていたはずの私の胸は、もう大騒ぎだった。
目が離せない。
一瞬にして、完全に恋に落ちていた。
恋なんて知らなかった私は、ただその事実だけで舞い上がった。
これから何かが始まる予感がして、勝手に期待に満ちて行く。
私たちはまだ出会ったばかり。
これから少しずつ距離を縮めて、そしていつか想いを伝えられれば――。
そんなことを考えたりする毎日は本当に楽しくて。
恋愛初心者の私は、初心者なりになるべく彼の近くにいるようにしたり、ことあるごとに授業の内容を質問してみたり、学食で見つければ隣の席に座ってみたり。
初心者ってある意味怖いもの知らずなのかもしれない。
彼のいつもの姿があまりにも感情が見えなくて、河野君と恋愛が結びつかなかった。
それが逆に初心者の私には都合が良かった。
ゆっくりと育てていけばいい。
そう思えることは、何より安心感があった。
安心して、この恋を楽しめた。
だから、「河野君に恋人はいるのか」っていう、恋をしたら誰しもが最初に気にすることを、私はまったく考えていなかった。