素直の向こうがわ【after story】
「ちょっと、なに?」
私は警戒心をあらわにして、肩をびくつかせた。
「なにって。カラオケルームだよ? 照明ガンガンの方がおかしいでしょ。それに……」
そこで意味深な笑みを湛えてフジナミケントが他の人へと視線を促す。
「少しは気を遣ってあげないと。みんないい雰囲気でしょ?」
顔が判別できるかどうかくらいの薄明りの中で、向かい側の男女の絡みはますます激しくなっている。
そして、私の隣に座るタクヤに、由紀ちゃんがあからさまなほどに身体を密着させしなだれかかっている。
タクヤは拒否するわけでもなく、由紀ちゃんのされるがままになっていた。
腰の細さと胸のラインの差が激しい由紀ちゃんの艶めかしい身体がタクヤに押し付けられている。
それは見ていて愉快なものではなかった。
こんな雰囲気の中にいたくない。
もう耐えられなくなって立ち上がった。
そして無言のままドアへと向かう。
フジナミケントに一体どんな思惑があるのかを考えることさえ嫌だった。
とにかくこんなところにいてはいけない。
自分の中で、ただそれだけははっきりしていた。
徹に会いたい――。
こんなところにいたら思い出したくないことばかり思い出されて苦しくなる。
あの清廉潔白な、濁りのない瞳に包まれたい。
私はもう前とは違うのだと実感したい。
その一心でドアノブに手を掛けた。