素直の向こうがわ【after story】
「もう、やめて! 帰ります」
私は、あの男の顔を見ることもなくその場から立ち去った。
私に意味なく近付いて来た見るからに軽薄な男からも、私に背を向けて彼女と歩いて行く徹からも目を背けたかった。
こんなにも気分が沈むのは本当に久しぶりのことで。
脳裏に浮かぶ彼女と徹の姿。
私だって分かっている。
二人の姿に何も心配するようなことなんてないってこと。
徹のことは信じている。
でも、どうしてこんなにも心かき乱されるのだろう。
電車に飛び乗り、窓に映った自分に意識を向けると、情けないほどに虚ろな表情をしていた。
どこまでも沈み込んで行く自分の心が、自分ではもう手に負えない。
こんな時、徹に抱きしめてもらえればすぐになんてことなくなる。
でも、徹と私の間に目に見えない薄い膜が張られているような感覚に陥ってしまう。
自分の部屋に入ると、身体中から力が抜けて座り込んだ。
あの、フジナミケントのことも徹のことも、もう何も考えずに眠ってしまいたい。
そんなふうに思っていると、スマホが振動した。
画面に表示されたのは、徹の名前。
いつもなら飛びつくように出る電話だ。
それなのに、私の腕は恐ろしいほどに重い。