素直の向こうがわ【after story】
(文子? 今、大丈夫か?)
それでも、出ないなんてことは私には出来なくて。
いつもの抑揚のない、落ち着いた声が聞こえて来た。
(うん。大丈夫)
(今、家?)
(そう。今家に着いたとこ)
(あれ、今日、バイトだったか?)
(違う。ちょっと、友達と……)
そこで言い淀んだ。
この日あったことを話すべきなのか、話さないでいるべきなのか。
もし、徹の姿を駅で見かけていなかったら、もう少し違う感情でいられたかもしれない。
でも、私の心はどこかささくれ立っていた。
(徹、は? 今日は、どうしてた?)
私は、咄嗟に徹の姿を見かけたことを黙っているという選択をしていた。
(ああ、今日もびっしり授業で、その後夕飯食べて帰って来た)
お願い。何でもなかったことのように彼女のことを話して。
『たまたま帰り道が一緒になった』でも、『用事がある方向が一緒になった』でもいいから、『川名さんと一緒にいた』という事実を私に話して。
そんな身勝手なことを心の中で祈った。
(……そうなんだ。帰りは一人?)
こんな質問している自分が惨めで情けない。徹を試しているようで後ろめたい。
でも、徹から言ってくれるのを待っている。
(え……? ああ、一人だよ。なんで?)
一瞬迷いがあった答えに、私は酷く傷ついていた。
徹のそんな後ろめたい声なんて聞きたくなかった。
私の知っている徹はいつも真っ直ぐで、いつも何の濁りもなかった。
(……そう。別に意味はない。じゃあ、私……)
私はそれ以上もう何も話したくなくなった。