素直の向こうがわ【after story】
「文子…、誰?」
自分の声が弱弱しく感じる。
情けないほどに動揺している自分を必死に冷静にさせる。
まだ何も聞いたわけではない。
でも、目の前にいる文子の表情は一目見てわかるほどに強張っていた。
その表情が何もかもを物語っているようで、胸が激しくざわつく。
「徹……」
その腕を早く離せ――。
文子の腕はこの男に掴まれたまま。
俺が現れたところで何の関係もないかのような様子の男に苛立つ。
どうして振り切らない――?
「文子!」
ここがどこかなんてとっくに意識から消えていた。
大きくなった声に、文子が更に身体まで強張らせ目を硬く閉じた。
「文子ちゃん、この男って昨日の……」
何故か、一人まったく表情を変えることなく余裕な態度の男が俺を見ている。
「もう、やめてください」
男が意識を俺に向けた瞬間に、その腕を振り払い文子が走り出した。
俺の横をもすり抜けて。
「文子、待てよ」
俺は、そのことの衝撃に訳が分からなくなる。
咄嗟に追いかけようとしたとき、強い力で腕を取られた。
「あんたが追いかける資格ないんじゃないの?」
振り返ると、男が俺を強い眼差しで睨みつけていた。