騎士団長殿下の愛した花
「……ごめん」
「一番大変なのはフェリだろ。気にするな、これぐらい」
それに、されるなら感謝の方がいいな、と微笑む彼に私は口の端を少しだけ上げた。
「ヤーノ、言葉遣いには気をつけなさいと、いつも」
「……申し訳ありません」
身分の違いを窘めるアルルに頭を下げたヤーノの瞳が昏く照らついているのに気がついたのは、斜め後方に立っていたフェリチタだけだった。
カラーンコローン、と大きな鐘の音が響き渡る。
アルルがフェリチタの頭にヴェールを掛けた。外から瞳の色が見えないようにするためらしい。これをせずにアルルとヤーノ以外に会ったことは無い。
「さあ、時間です」
その言葉にフェリチタは傍の台に置かれていたサーベルに手をやる。誰にも気づかれないほど僅かな逡巡の後、それを手早く佩(は)くとバルコニーに進み出た。
ひしめく人影。屈強な戦士達が80ほどか、もう少し多いかもしれない。人数に比例して大きかった喧騒は、フェリチタの姿に水を打ったように静まり返った。
「……皆、集まってくれてありがとう。本日の糧を得られていること、戦の神エリューシオスに感謝する」
フェリチタが手を合わせ膝を折るのに合わせて森人たちも一斉に頭を垂れて膝をつく。線の細い小さな少女に隆々とした戦士達が跪く光景は、ややもすれば酷く滑稽だ。