騎士団長殿下の愛した花

「何を誤魔化しているのかまではわからなかったが、まあ気持ちが悪かったからな。気づいてからは食べてすぐ吐いていた。水も怖かったから、湧き水しか口にしなかった。
そうして暫くすると、今までの思い出が嘘みたいに消えた。どうしてそう思い込んでいたのかが不思議なほどに。
……フェリと幼馴染みだって?まさか。小さい時一緒に何かをしたか、何も思い出せない……いや、元から無かったものなんだから単純に消えたんだな。
俺は、フェリが他所から突然来たんだという事を“思い出した”。お前が森人じゃないということを、な」

何言ってるの、と笑い飛ばせばいい。そう思うのに、喉は震えない。

「それがお前が来てすぐ、1年後ぐらいの時の話だ。それから長が怪しいと思った俺は、あの人の行動をこっそり監視するようになった。
お前は塔に籠らされていたから知らないだろうが、あの人には毎朝森の奥の川の源流まで行く習慣があってな。最初はただの散歩かと思っていたが……あの人は、川にもその薬を流していたんだ。
俺達森人に飲ませるのもそうだが、人間に薬を口にさせるためにな。そりゃ薬も流れていくうちに薄まるが、あの人の都合としては王城の奴らが口にすれば充分だったからな。本人から聞いたわけじゃないもんであくまで推測だが、状況的にまあそうだろ。
長は俺たち森人も人間もどちらも騙していた。森人は自分の戦力にするために。人間は単純に聖女の存在を忘れさせるために。本当……よく頭の回る人だ」

口元は笑みの形に歪んでいるが、ヤーノの口調は随分と皮肉げだ。

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