騎士団長殿下の愛した花

「お前、城下町の水を飲んだか?」

答えないでいるとヤーノがフェリチタの心の内を見透かしたように歪んだ笑みを深めると肩を竦めた。

「味が全然違っただろ。薬が入っている水は甘いんだよ。特にお前は人間に比べて上流の方の水をずっと飲んでた訳だから、下流の水を飲んだら多分かなり苦味を感じるだろうな」

(味が変だったのは私の味覚が敏感だったわけじゃなかったのか……)

口を閉ざしたままなのは、心当たりがあるから。今までの不審に思っていた出来事のピースがするすると嵌っていく。

「お前は俺の幼馴染みでも、長の娘でも、ましてや森人の戦の聖女でもない」

「……やめて」

「お前は歴とした人間だ、フェリ」

「……」

こんな事を自分に言って、ヤーノが何を考えているのかわからなかった。あるいは、自分に何をさせたいのか。
彼の瞳は、いつか見たように爛々と昏く光っている。その照らつきが彼の自分自身に対する憤怒だったことに今更思いが至って、フェリチタは引きつった笑いを浮かべた。

「だから、何だって言うの……?」

彼への酷い八つ当たりだとは自覚している。それでも言わずにはいられなかった。

(……何を知ったとして、もう手遅れなんだから)

彼の口調が酷く真実味を帯びていることがわかっていた。いや、実際真実なのだろう。嘘を言う必要も無い。彼が語った内容はむしろ森人を裏切るようなものなのだから。

でも、だから、何だと言うのか?

もう全てが明日終わってしまうというのに。

そんなフェリチタの心の内を見透かしたように、ヤーノは机の上に2つの細い小さな硝子瓶を並べた。中には透き通った薄桃色の液体が入っている。

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